基本的におれは面倒臭がりなんで、価値観が違いすぎて話の通じない相手と会話する気になれない。
もちろん仕事とか、或いは今キャプテンを務めている草野球チームとかだったら自分の責務を全うしなきゃいけないから、そんなことも言ってられないけどね。あくまで個人レベルの対話だったら
「コイツには何言っても無駄だな。」
って思った時点で、さっさと諦めて撤収しちゃう。
もっとも、話が通じないのは、こちらの伝達力に問題がある場合もあるからね。そういうときは改めて理解してもらおうと努めるけどね。ある程度言葉を尽くして、それでも
「ここまで言って分かってくれないなら、これ以上はおれには無理。」
って感じたら、それでおしまい。それ以上話したところで延々ループするだけだし、貴重な時間を割いてそういう相手と話すメリットも感じないし。
んで、場合によっては話しても分かんないような奴から、おれの名誉を傷つけられるような言葉を吐かれたりもするわけだけど。
「どうせ話しても通じないんだし、言いたい奴には好きに言わせとけばいいや。」
「どっちの言い分がまともでどっちがおかしなこと言ってるか、分かる人には分かるやろ。」
って考えちゃうからね。よっぽど不利益が自分に降り懸かってでもこない限り、放置プレイが基本だな。
まぁ、たぶんおれには他人を説き伏せるような熱意というか骨っぽさがが欠如してるんだろうな。
要するにおれは、おれのアソコみたいにフニャ〇ン野郎さ。(笑)
何なら女性読者の皆さん、確かめてみる?(爆)
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- 2008/12/05(金) 07:22:26|
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真実はひとつしかない。
しかし、解釈は無数にある。
確かにその通りだな。
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- 2008/12/04(木) 00:27:14|
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好き勝手なことを言う連中はさ、好き勝手なことを言ってる連中の間を取り持って何とか丸く収めようと腐心してる人間の気持ちなんて考えないからこそ、好き勝手なことを言うんだろうさ。
んで、お互いの言い分に対して公平にバランス良く耳を傾けようと努めてたら、童話に出てくる蝙蝠(こうもり)みたいに両方にイイ顔しやがって、なんて言われたりとかね。
もうね、馬鹿らしくてやってらんねぇから投げ出したくなるわけさ、こっちは。もう知らん、お前ら勝手にせーや、ってね。
だけど、仮にそうしたら無責任だとか責められるんだろうな、無責任に好き勝手なことを言ってる連中から。
はいはい、貧乏クジ引いたと思って諦めりゃいいんですよね、分かってますってば。
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- 2008/11/26(水) 00:08:47|
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わざとじゃなくても他人の足踏んじゃったら、謝るよね普通。
それと一緒でさ、悪気がなくても自分の発した言葉が原因で相手を不快にさせたら、謝るべきだよね。
「そういうつもりで言ったんじゃないけど、不快な思いをさせてすみませんでした。」
って。(「そういうつもり」で言ったんなら、なおさら誠意を以て謝るべき。)
自分の言ったことが間違ってないと思ってるのなら、それ自体を取り下げる必要は無いし、自身の正当性を存分に主張すればいいとは思うんだけど、それはそれとして、少なくとも相手の気分を害させてしまったことについては、素直に謝らなきゃいけないんじゃないの?やっぱり。
んで、謝って相手がそれを受け容れてくれて、お互いの間で納得しあえたら基本的にそれで一件落着かもしれないけどさ、謝ったら謝ったで、その後の態度だって大切だと思うんだがな。そんな風には考えない人もいるんだな。
だってさ、謝った後で
「あんなもん嘘じゃぼけー!」
なんて言ったら、そりゃ相手は怒るでしょ。いや、幾ら何でもこれは極端な例だけどさ、要するに反省してる態度がまったく見られないようじゃ、口先だけの誠意の無い謝罪だと思われても仕方なくね?んで、口先だけの誠意の無い謝罪は、それはもう「謝罪」ではないとおれは思うんだが。単に「ごめんなさい」という単語を発音しただけで。
謝るってのは、己れの非を認めるということ。
ならば非を認めた以上、同じ過ちは繰り返さないように努める必要があるだろ。どうしても相手の考えに同意できないなら異論を述べるのは構わないけどさ、少なくとも過去に自分の発言が相手を不快にさせた「前科」があってそれを詫びたのなら、次からは相手を不快にさせないよう、せめて言葉遣いには最大限の配慮をしつつ、異論や反論を口にすべきだろう。要するに「物は言いよう」なんだよ。
「ごめんなさい。」
はそれを言いさえすれば何でもチャラになる呪文じゃない。謝るときの態度って大切だし、謝った後の態度もまた、それと同じぐらい大切だと思うんだが。
そう考えるおれは変なのか?おれのような考え方をする方が少数派なのか?おれが今まで常識だと思ってきたことは非常識だったのか?真面目に分からなくなるときがある。
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- 2008/11/19(水) 00:18:14|
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「敵の敵は味方」なんてよく言われるけど、実際には「敵の味方は敵」ってパターンの方が多いような気がする。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎し」とはちょっとニュアンスが違うけど、要するに嫌いなヤツがいると、そいつと親しくしてるヤツまで嫌いになるというか。
なので、あの人(たち?)があの御方と仲違いをしたらしいという噂は耳にしているから、必然的にあの御方と親しい(と思われている)おれのことも、きっと快く思ってないんだろうなというのは容易に想像できる。
ただし、おれ自身があの御方と親しくしていたのは相当昔の話で、あの人(たち?)があの御方と仲違いをするより随分前からおれはあの方と疎遠になってるから、もしそうだとしたら完全な誤解ではあるんだけどね。
もっとも、そればかりが原因でも無いんだろうな、きっと。
何しろおれという人間は、正真正銘の俗物だからね。周囲の不興を買うような至らない言動も多いと自分でも思うし。
そもそもおれってさ、クセが強い性格で間違っても万人受けする人間じゃないし、人によってかなり好き嫌いが分かれるタイプだと思うんだな。ついでに言うと毒舌が標準仕様だから、悪気はなくても気づかないうちに相手を不快にさせてしまうようなことを言って顰蹙を買うことなんか、未だに繰り返してしまうんだよ。どんなに気をつけていても。
まぁ、そんなこんなで、壊れた陶器でも破片が揃えば元の形が解るように、はめ絵みたいにひとつひとつの出来事を組み合わせて考えていけば、自ずとひとつの結論に辿り着くわけさ。
「間違いなくおれは、あの人(たち)に嫌われてる。」
ってね。普段の態度を見てればそれぐらい分かるよ。おれの目は節穴じゃない。
まぁ、おれに人を惹きつけるカリスマなんか無いことぐらい、他ならぬ自分自身がいちばん良く心得てるからね。表向きは親しく接してくれている面々のなかにも、内心では
「望実のヤロー、あいつマジで死ねばいいのに。」
とか思ってるヤツもいるかもしれないわけで。いや、間違いなくいるんだろうと思うよ実際。
結局リーダーの器以上に、組織は大きくも強くもならないってことだよ。これがおれの限界なんだ。
おれの存在は邪魔なのか?
とっとと今すぐ辞めちまった方が良いのか?
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- 2008/11/18(火) 00:00:29|
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いや、別にどうだってエエねんけど。
「今それ言う必要あるか?」
ってことを、わざわざ言いたがるヤツって何なんやろね。何が何でも相手をチクッとひと言刺しとかな気ぃ済まんのかいな。
メンドクセーやっちゃな、まったく。
- 2008/10/19(日) 17:36:21|
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ひとつ前のエントリで、おれの幼少時代の思い出話を書いた。
http://truebeliever.blog103.fc2.com/blog-entry-561.html何故おれは、ああまで厳しく母親に叱られたのか?
あのときのおれは、一体何がいけなかったのか?
人並みに常識をお持ちの大人なら、たぶん誰でも理解できると思う。
そして理解できないという方は、これ以降は読んでもまったく無意味だと思うので、読むのを止めた方がいい。
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悪いことをしたら、謝る。
こんなことは今さら言うまでもない当たり前のことだし、まさかこれに異を唱える人もいないと思う。
そして、誰に対して何を謝らなければならないのか正しく理解したうえで、誠意を尽くして心から謝罪することは、とても大切なことだと思う。人として。
だけど、自分が悪いとは思えないような場合であっても、穏便に事を済ませるために
「悪いのはあっちの方じゃないか。」
「何でこっちが謝らなければいけないんだ。」
などという己れの本心を押し殺して上辺だけの謝罪をすることだって、決して褒められたことではないにせよ、まぁ世間一般には珍しいことじゃない。
いちばん身近な例を挙げるとすれば、仕事なんかで取引先からのクレームに対応するような場合がそうだろうね。
相手が大事なお得意さんだったりして下手に関係をこじらせたくないときなんか、たとえ相手側に落ち度があろうと、相手の非を指摘するよりもこちらが頭を下げて事態を収束させた方が得策だったりするなんてことは多々あると思う。苦情処理とか営業の仕事をやってる人なら、そういう理不尽さは毎日のようにイヤというほど味わってるんじゃないかな?
なので、そんな風に上辺だけの謝罪でお茶を濁すという行為は、もちろんTPOにもよるとは思うけど、一概に非難されるべきものとも限らないと思うし、まったく理解できないわけでもない。
ただね、ゲスな言い方をさせてもらうと、それならそれでせめて表向きだけでも神妙な態度を取り繕えよと思うね。
あいつが自殺したって時も
俺はニヤッと笑っちまった
祭り気分が大好きなのサ
ただの野次馬根性だけさ
けどその場に出たら
決まりきった顔をしてるのサ
神妙な顔の下の含み笑いはかくし通して
WOH・・・それがモラルさ
あの娘が奴と別れた時も
俺はニヤッと笑っちまった
可哀そうだとは思いはしない
チャンスがきたと思っただけサ
けどその場はチョット
可哀そうな顔をしてるのサ
その仮面のすぐ裏の下心はかくし通して
WOH・・・エチケットさ
(「MORAL」 詞/氷室狂介 歌/BOOWY)まぁ、幾ら何でも
「本当はおれ全然悪くないと思ってるんだけどさ、いちおう口先だけでも謝っときゃ丸く収まると思うんで、とりあえずすんませんでした。」
なんて明言するような謝り方が通用すると本気で思ってる人は、さすがにいないと思う。(いや、いないと思ってたら、最近そんな風に人をナメてるとしか思えない「謝罪」をする人物を実際に見かけて唖然としたんだけどね。)
ただね、たとえそう明言してなくたって
「おれは本当は悪いと思ってないけど仕方なく謝ってるんだ。」
って言いたげなニュアンスを相手に感じ取らせてしまったら、その時点でアウトでしょう。そんな相手の神経を逆撫でするような謝罪なら最初からしない方がマシだし、不誠実な態度だと思われて当然だよね、そんなの。
それから、もうひとつ。
謝罪するということは、内心はどうあれ潔く己れの非を認めるということでもある。そして、しつこいようだけど内心はどうあれ、己れの非を認めた以上、その非を反省し、過ちを繰り返さないように努める必要がある。
相手に謝罪し、相手がそれを受け容れてくれれば、基本的にその一件はCLOSEでいい。
ただね、CLOSEでいいんだけど、水に流しこそすれ決してそれですべてが終わりじゃないんだよね。むしろ大切なのは、その後の態度の方だと思うんだ。そして、懲りずに同じ過ちを何度も繰り返したり、改めるような素振りが見えないようでは、謝罪が形式だけのものだったとかまったく反省してないとか判断されても仕方が無いと思うよ。
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以上、なんだか長々と取り留めが無くなってきたが。
要するに、誰かに謝るなら精一杯の謝意と誠意を伝える努力をしようよ、ってことかな、おれが言いたいのは。
あと、謝ったなら、せめて同じ失敗を繰り返さないように努めて反省の態度を示すべきなんじゃねーの?
「ごめんなさい」は、それを言えば何でも許してもらえる便利なおまじないの言葉じゃない。
明らかに口先だけだと分かる謝罪は、単に「ごめんなさい」という単語を発音しただけであって謝罪じゃないと思うんだな、おれは。そして、態度が伴わない謝罪の言葉なんて、無意味どころか逆効果でしかないとも思うよ。まぁ、以上は全部おれの主観だけどさ。
ま、かく言うおれ自身もそーとーバカだからね。失敗しては反省しつつ、懲りずに同じ過ちを繰り返してしまうことが少なからずあるんだけど。
こういう記事を書くと、最後には自戒エントリになっちゃうのは、偏(ひとえ)におれという人間の至らなさだよな。まだまだ精進しなきゃね。
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- 2008/10/05(日) 23:48:58|
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そのときどうすればよかったかなんて、結局は後になってみなきゃ分からないものさ。
こういう決着は避けて通れなかったのかなぁと心から残念に思うし、自分の行動に対して全く悔いがないわけじゃないけど。
いつまでもおれがクヨクヨしてたって、仕方ないだろ?
明日から気持ち切り換えて、今まで通りやってくからな!おまいら、しっかりついて来るんだぞ!
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- 2008/09/28(日) 16:11:53|
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日帰りの出張だったんで、その日のうちに名阪国道と西名阪経由で大阪に戻ってきたんだけどさ。
行きと同様、帰りも三重県や奈良県の山間部はバケツを引っ繰り返したような大雨でね。まるで洗車機のなかにいるような状態で、5メートル先ぐらいまでしか見えないわけさ。
まぁね、そんなわけで、普段は決して運転が丁寧でない望実さんも、さすがに安全運転で帰ってきたんだけど。
おれの悪い癖というか、一度考え込んでしまうと、結構引きずってしまう方でね。
行きの車のなかで頭冷やしながら考えてたことを、もっかいフィードバックさせてたわけさ。
人のために良かれと思い、行動したことではあったんだけど、結果としていろんな人を不快にさせてしまったし、自分のとった行動が果たしてベストだったのか?って訊かれると、自信を持って首を縦には振れない。もっと他に上手いやり方は無かったのかなぁとか、そもそも何もしないで黙って成り行きを見守っているべきだったのかなぁとか、まぁいろいろ考えたよ。
幸いにしてというか、いろんな方々がフォローしてくれたお陰で何とか収束の方向に向かいそうではあるんだけどね、自分のとった行動に対する後味の悪さは拭いきれないでいる。まぁ、ちょっと自己嫌悪だね。
今回、皆さんが呈してくれた苦言は真摯に受け止めたいと思う。
それから、同じ過ちは繰り返さないようにしなきゃね。
この度のことは、おれにとって自省と自戒をする良い機会になったよ。
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- 2008/09/27(土) 00:04:12|
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「狼が来たぞ!」
って、最後に本当のことを信じてもらえなかった少年の有名なお話があるよね。
結局その少年は狼に食われちゃったのか、それとも命からがら逃げおおせたのか、どうなったのかは知らない(語られてない?)んだけどさ。
仮に生き残ったとしたら、この少年は
「さんざん今まで迷惑かけてきたんだから、信じてもらえないのは当たり前だよな。悪いのは自分だよな。」
って思ったんだろうか?
それとも
「人がこんな目に遭ってるのに、どうして助けに来てくれないんだ!」
って思ったんだろうか?
もし後者だったら、救いようが無いよね。
そして、救いようのないヤツっていうのは世の中にいるんだね、やっぱり。
いっぺん胸に手を当ててさ、己れの言ってきたこととしてきたこと、よーく考えてみろっていうんだよ。それで分からなけりゃ、本当に救いようが無い。まぁ、どうやら分かってないみたいだけどね、残念ながら。
ああ、これはどこか遠い国の御伽噺(おとぎばなし)ってヤツです。(笑)
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- 2008/09/16(火) 08:08:33|
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