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http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/080606/bbl0806062002005-n1.htm以下リンク切れ対策コピペ。改行等適宜挿入。
「渋いグリーン」復活 王さん、南海ユニフォームに袖通す
王監督は胸にある「HAWKS」のロゴを触りながら「残念だ」と声を絞り出した。チーム創立70周年、福岡移転20周年の記念行事で蘇った南海時代のユニホーム。しかし、ソフトバンクの勝利はならなかった。
王監督はこのユニホームの強さを知っている。巨人の新人として出場した59年の日本シリーズ。「杉浦(忠、故人)さんのカーブはすごかった。左打者が空振りしたら、クッと曲がって体に当たったんだ」。第2戦で、その杉浦から二塁打を放ったが、安打はその1本のみ。4連敗のシリーズでプロのすごさを思い知った。
伝説のユニホームは10年間で5度のリーグ優勝、2度の日本一。「あの濃いグリーンが誇りやった」と楽天・野村監督も懐かしむ。61年から8年連続本塁打王。65年には戦後初の三冠王。大阪球場跡地にある「メモリアル・ギャラリー」ではなぜか軽視されているが、オールドファンはその雄姿を覚えている。
この“最強ユニホーム”が蘇った記念の年に、強いホークスも復活するのか。現役選手はまず、歴史の重みを感じなければならない。いやぁ懐かしかったね、南海ホークスの復刻ユニフォーム。
ズボンの前面、ベルトのバックルの左下あたりにも小さく背番号が描かれていたり、裾の長さが膝までのクラシックタイプだったりと細部まで忠実に表現されていたのも良かった。ただ、背中は背番号だけ(ローマ字のネーム無し)だったから、松中や小久保といった主力選手はともかく、若手選手は誰が誰だか判らなかったのが難点といえば難点だったけど。
それと、王さんが南海のユニフォームを着てるのは、正直ちょっと違和感あったね。南海ホークスが存在していたのは昭和の時代で、昭和のプロ野球のスーパースターだった王貞治は、やっぱり長嶋茂雄とともにジャイアンツの象徴だったわけだからね。
あともうひとつだけ欲をいえば、ノムさんがこのユニフォーム着てるのを見てみたいよなぁと思った。もちろん、背番号は19でね。シーズンオフの企画とかでいいから、実現してくれないかな?
ちなみに、おれとしては南海ホークスといえば真っ先に思い浮かべるのは、やっぱり門田博光だね。
王貞治を参考にしたという豪快な一本足打法から繰り出すホームランが魅力で、アキレス腱断裂の大怪我を負って以来「走れない、守れない。」選手になってしまったけど、バット1本で頑固なまでにホームランにこだわり続けた職人気質の持ち主だった。あと、チームの顔ともいうべき主力選手なのに、何故か背番号は60と無名の新人選手のような大きな番号を背負っていたのも、当時としては珍しくて逆にインパクトがあった。
それから、ドカベン香川。巨体をユッサユッサ揺らしながらいかにも鈍重そうに走る姿は愛嬌があって、ちょっと鈍クサイけど憎めないキャラだった。そういえば
「おーい、香川!来年は日本ハムにトレードや!選手としてちゃうで!商品としてやで!」
って観客に野次られたとかいう噂もある。(笑)
あとは、ダブル山内(孝徳、和宏)のヒゲ投手コンビとか、清原和博にプロ入り初ホームランを献上した「にゃんこ」藤本修二とか、夭逝した久保寺雄二とか、隠し球が巧かった桜井輝秀とか、個性的で絵になる選手が揃っていた。
今ではすっかり福岡の、いや九州全体の顔となりつつある人気チームとなったホークスだけど。
20年前のまだ昭和とよばれてた時代に、閑古鳥の鳴きそうな大阪球場を本拠地にしていた場末的な南海ホークスも、それはそれで味があったとしみじみ思う。
テーマ:福岡ソフトバンクホークス - ジャンル:スポーツ
- 2008/06/08(日) 00:07:09|
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