そういうことだったのか・・・な?下記リンク↓参照。
http://www.sanspo.com/baseball/top/tig200805/tig2008052510.html以下リンク切れ対策コピペ。改行等は適宜挿入。
あと1球からうっちゃった!赤星、自ら興奮の逆転タイムリー
レッドが決めたぁ!! 阪神・赤星憲広外野手(32)が1点ビハインドの九回二死満塁で、逆転の左前打。王ホークスを沈め、リーグ30勝一番乗りに貢献した。25日からは甲子園で強力打線を誇る西武と2連戦。日本シリーズの前哨戦に挑む。
どんな千両役者も顔負けだ。最終回に用意されていた奇跡のシナリオを赤星が演じ切った。その瞬間、ヒーローは両腕を激しく突き上げ、劇的なフィナーレに博多の虎党が酔いしれた。
「興奮しました!! ファンもベンチも盛り上がって。今まで野球をしてきた中で、何本かの指に入るくらい嬉しいです」
1点を追う九回二死満塁でカウント2-3。ホールトンの低め直球を弾き返した打球が、左前へ抜けた。逆転2点打に最高の笑顔が弾けた。
(中略)
虎党はテレビの前でビックリしたかも…。三塁ベンチ前のヒーローインタビューは敵地のため場内放送はなかった。そこで心ないファンが質問に答えている最中に「大きい声でしゃべれや!!」「聞こえねえぞ!!」と“ヤジ”を飛ばした。執拗な口撃に赤星も思わず「(マイクは)入ってないんや!!」と反論。その様子がオンエアされてしまった。試合後は反省しきりのレッド。ファンにもマナーを訴えるシーンだった。以上、抜粋終了。
この試合、おれは仕事で三重県の工場から本社へ帰る途中にずっとカーラジオで聴いてたんだけどね。
赤星選手の起死回生の逆転タイムリーが出た瞬間は、ひとり車の中で
「よっしゃああああっ!」
って、思わず叫んじゃったよ。何しろ1点リードされてて、最終回で、2アウト満塁で、カウント2-3から逆転だもんね。あまりにもマンガみたいな展開だったし。
その後は続く新井選手にもタイムリーが出てダメ押し。その裏を虎の守護神・藤川球児投手がきっちり三者三振で締めてゲームセット。当然、試合後のヒーローインタビューは殊勲打を放った赤星選手。
で、そのヒーローインタビューの途中で、突然
「入ってねぇんだよ。このやろう!」
って怒号が飛んだんで、びっくりしたんだよね。たまたまマイクが観客の野次を拾ったのかなぁとも一瞬思ったんだけど、それにしちゃあヤケにハッキリ聞こえてきたし、何より声から判断するに、どうも赤星選手本人っぽかった。さすがに何事だったのか気になったんで家に帰ってネットを探してみたところ、こういう流れだったようだ。
・赤星選手がお立ち台に立ち、ヒーローインタビューを受ける。ただし、球場内には音声が流れず。(ホームチームが負けた場合、敵チームのヒーローインタビューはあくまでマスコミ向けで場内には流されないのが慣例。)
↓
・それを見ていた(事情に詳しくない)ファンが
「大きい声でしゃべれや!!」
「聞こえねえぞ!!」
などと野次る。
↓
これに赤星選手がキレて
「(マイクが)入ってねぇんだよ。このやろう!」
と怒鳴り返した。
一部では、決勝タイムリーの前に2ストライクから際どいコースを見送った赤星に対して「本当なら三振だっただろう。」とファンが執拗に野次ったことに対して「(ストライクゾーンに)入ってねぇんだよ。」と言い返したという説もあるけど、真相は藪の中。引用したサンスポの記事だって、どこまで信憑性があるのかは分からない。まぁでも、いずれにしても、あんまり誉められた行為ではないわな。
赤星選手といえばファンを非常に大切にしている選手という印象が強く、シーズン中に記録した盗塁の数だけ足の不自由な方に車椅子を寄付するなど社会福祉活動にも積極的に取り組んでいて、タイガースのなかでも特に好きな選手のひとり。だからこそ、こういう行為は残念に思う。
もっとも、赤星選手は温厚な人柄で知られていることに加え、過去には新幹線の駅で背後から髪の毛を切り取られたり、帰宅途中に何度も車で尾行されたり、寄付した車椅子がネットオークションに出品されたりといった憂き目に遭っていて、その度に一部の心無いファンに対して苦言を呈してきたから、今回のことはよっぽど腹に据えかねたのかな、とも思ったり。だから、赤星選手だけを一方的に「断罪」(笑)する気にもなれない。かく言うおれ自身、割りと瞬間湯沸かし器みたく一瞬で頭に血がのぼることがあるから、気持ちは分かるしね。
まぁとりあえず、ドンマイ赤星。
次は甲子園のお立ち台で
「入ってねぇんだよ。このやろう!」
なんて、(もちろんシャレで)言ってもらいたい。(笑)
いや、或いは。
シモさん(下柳投手)がお立ち台で面倒臭そうにボソボソ喋って、金本選手か矢野選手あたりが
「入ってねぇんだよ。このやろう!」
なんてツッコミを入れたら、ウケるだろうな。(爆)
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- 2008/05/26(月) 17:41:07|
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3年前にセ・パ交流戦が始まって以降、交流戦前の5月中旬をひと区切りとしてペナントレース序盤と見るようになった感があるのだが。
その序盤戦の我らが阪神タイガースをここで総括。
開幕ダッシュに成功し、ここまで大きく連敗しない(2連敗が1度だけ)安定した戦いぶりで、とりあえず首位をキープしていることについては言うことなし。貯金15も上出来と言っていいだろうね。(ただし、2位に3.5ゲーム差で中日が食らいついてきてるあたりはさすがに強かだし、油断はできないけど。)
しかしまぁ、ゴールデンウィークを過ぎてもまかり間違って首位にいると「春の珍事」なんて騒がれていたのも今は昔だね。数年前までの暗黒時代の長いトンネルを知る身としては、隔世の感がある。
何より今季のタイガースが好調な原因は、打順の組み替えが上手くハマっていることに尽きる。昨年の1番鳥谷、2番赤星の打順はどうにもチグハグな印象だったのが、今年は赤星と平野の新1,2番コンビが良い働きをしてる。
過去の記事でも書いてるけど
http://truebeliever.blog103.fc2.com/blog-entry-45.htmlhttp://truebeliever.blog103.fc2.com/blog-entry-154.html赤星は自分を犠牲にして次につなぐ2番じゃなく、自ら出塁して掻き回す1番が合ってるよ。ここまで赤星はリーグトップの14盗塁を記録しているんだけど、やっぱ赤星はこうでなきゃね。
とにかく出塁さえすれば、高い確率で盗塁を成功させることができる。盗塁が成功すれば、あとは2塁からワンヒットでほぼ確実にホームまで帰ってくることができる。
或いは走らなくても、相手バッテリーは足を警戒するぶんストレート中心の配球にならざるを得ないから、打者にしてみれば狙い球を絞りやすくなる。長打が出れば、一気に1塁から長駆ホームインもできる。
要するに、赤星の出塁に絡んでヒットが1本出れば得点につながる確率が極めて高いんだよね。ランナーが赤星か赤星じゃないかで、相手に与えるプレッシャーは天と地ほどに違う。
赤星には交流戦でもパ・リーグ相手にその俊足を遺憾なく見せつけ、ダイヤモンドを駆け回ってほしい。
その赤星に続く2番を打つのは、今季オリックスから移籍してきた平野恵一。
打率こそ現在.254と決して高くはないけれど、犠打はリーグトップの17ときっちり2番の仕事を果たしている。初回に赤星が出塁→平野がきっちり送る→続く新井、金本のどちらかにタイムリーが出て先制点、という得点パターンができあがったのは大きいと思うよ。
あとは、やっぱり好調を維持している3番新井と6番鳥谷のふたりに尽きるね。
新井に関しては、2003年の金本がそうであったように、自分を殺してつなぐバッティングに徹してるようにも思える。数字だけを見ても、ホームラン数こそ伸びてないものの打率(.340=リーグ3位)と打点(31=リーグ4位)は言うことなし。今季の金本は好不調の波が若干大きく感じるけれど、金本が不調のときには新井が良い働きをしてくれている。
そして鳥谷。昨年の1番はどう考えても適材適所ではなかったけれど、今季の6番という打順は現状ではベストの配置だと思うし、本人も水が合うんだろうね。ここまでの成績を「確変」と見る向きもあるけど、この選手は本来この程度の成績は残して当たり前だし、それぐらいやってもらわないと困る選手。毎年言ってるけど、この選手には3割、25本、80打点は最低限でもクリアしてもらいたいし、それだけの期待をかけていい選手。
一方、気になるのが今年もやっぱり不振の今岡。かつての変態的な勝負強さを発揮していた今岡は見る陰もないし、何より守備面で明らかに動きが悪すぎる。正直、1試合スタメンで使い続けるには厳しい状態だと言わざるを得ない。んで、本来ならばその今岡を押しのけて5番に座ってなければいけない桜井広大も、さっぱり調子が上がってこない。
葛城、桧山といったベテランの左打者が元気で来月あたりには林威助も帰ってくるが、右は現在手薄なので、このふたりがもう少しピリッとしてくれないと困る。
それからキャッチャーね。
もう数年前から言われてることだけど、正捕手矢野の後継者育成はもう待ったなし。なのに、同じくベテランの野口以外に控え捕手が少しも台頭してこない現状には危機感を感じずにいられない。矢野の引退と共に再び暗黒時代がやってくるんじゃないかと真剣に危惧しているおれとしては、清水、狩野あたりにもっと死にもの狂いで頑張ってほしいのだが・・・。
投手陣は、開幕当初こそローテーションがきっちり廻ってはいたけれど、安藤は何だかんだで結局ひとつ勝ってひとつ負けるようなペースだし、4月は好調だったアッチソンも慣れられてきたことに加えて故障で登録抹消、杉山は相変わらずピリッとせず。ベテラン下柳と若い岩田の両左腕が頑張ってるけど、右の先発はちょっとコマが足りないね。
リリーフ陣は、渡辺と江草がよく頑張ってる。ただ、JFKは藤川を除いて不安材料多すぎ。とくに久保田は肝心なところで痛打されるシーンが目立つ。
もともと立ち上がりに不安があるものの尻上がりに調子を上げていくタイプで、さらに9イニングを投げてもなお150km/h超のストレートを投げるだけのスタミナがある久保田は、リリーフではなく先発させるべきというのがおれの持論。ジェフと球児の2枚で普通にクローザーとしてじゅうぶん機能すると思うので、JFKの発展的解消も首脳陣は視野に入れて欲しいもの。
さて、今週から始まる交流戦、序盤を首位で突っ走ったチームが交流戦で調子を落として中盤以降に苦戦するというのが例年のパターンなので、しっかり引き締めて、最低限勝率5割で乗り切って欲しいものだと思う。
それにしても、交流戦の2戦1休という変則日程には違和感ありまくりだよなぁ。
個人的には、以前の1チーム当りホーム&ビジターで3試合ずつ計6試合の方がしっくりくるんだけどね・・・。
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- 2008/05/20(火) 00:39:38|
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いや、実はこの記事、少し前に書きあげてたんだ。
金本選手が2000本安打を達成するのは時間の問題だったから、達成したらいつでもアップできるようにしておこうと思ってね。(笑)
当ブログは、基本的に1日1記事にこだわって書き続けている。
なので、実は余裕があるときに記事を書きためておいて、ネタが尽きたときに少しずつ小出しにしてたりするんだけど、まぁそんな種明かしは置いといて。
金本選手の偉業達成には改めて拍手を送りたい。本当におめでとうございます。
ちなみに、阪神タイガースの選手としては藤田平選手(現・野球解説者)以来、実に25年振りの名球会入りとなるわけだけど、奇しくも両者は同じ背番号6なんだよね。これも何かの縁というか巡り合わせなんだろうな。
周知の通り、金本選手は2002年オフにFAで広島東洋カープから移籍してきた選手で、2000年にはトリプルスリー(打率3割、30本塁打、30盗塁)を達成するなど、既にカープ時代からチームの顔として活躍していた選手。
おれは基本的に生え抜きの選手に愛着を感じるクチなので、移籍選手(とくに他球団の主力だった選手)にはそれほど思い入れを感じないのだけれど、かつての真弓明信選手(現・解説者)とこの金本選手だけは例外だね。
で、ファンからは「アニキ」と呼ばれて親しまれている金本選手なんだけど。(ちなみに余談だけど、金本選手自身は4人兄弟の末っ子らしい。)
思えばこういう兄貴分的なキャラって、今までのタイガースにはなかったよね。たまにとてつもなく子供じみた悪戯をして周囲を呆れさせることもあるけれど、本業の野球に取り組む意識は極めて高いし、何より
「痛いと言わなければ怪我じゃない。」
と公言してフルイニング出場にこだわる姿勢は、後輩選手たちに大きな影響を与えている。金本選手が加入してからというもの、タイガースの選手たちの野球に取り組む姿勢が目に見えて変わったもんね。赤星選手は
「金本さんを見てレギュラーとして出場し続けることの意味を知った。」
といった主旨のコメントをしていたし、鳥谷選手も毎年必ず全試合出場を目標に掲げている。それ以外の選手たちも、多少の怪我では滅多に休まなくなった。そりゃ若い選手にしてみれば
「金本さんがあんなに頑張ってるのに、おれなんかが呑気に休んでいられない。」
って思うよね。新庄にしろ亀山にしろ、何かといえば怪我を理由にチームの中心選手が欠場していた暗黒時代とは、雲泥の差だよ。
もうね、真面目な話、金本選手には5代目ミスター・タイガースの称号を与えても良いと思うんだ、おれは。
藤村冨美男→村山実→田淵幸一→掛布雅之と受け継がれてきたミスター・タイガースはいずれも生え抜き選手だったけど、金本選手の偉大さは、生え抜きがどうこうなんて些末なことはとっくに超越してると思うよ。
とにかく、2000本安打達成の偉業を心から讃えたい。
そして金本選手、タイガースにはあなたの力がまだまだ必要なので、これからもそのバットでタイガースを支えていって下さい!
♪鍛えたその身体 あふれる気迫
♪さあここまで(それ向こうへ)ぶち込め ライトスタンドへ
かっとーばせー かーねもとー!
- 2008/04/13(日) 03:27:18|
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昭和34年に後楽園球場で行われた天覧試合で、ジャイアンツの長嶋茂雄選手(現・東京読売ジャイアンツ終身名誉監督)にサヨナラホームランを浴びたピッチャーは誰でしょう?といえば、たぶん多くの人が阪神タイガースの村山実投手(故人)だと即答できるんじゃないかな?
昭和52年、ジャイアンツの王貞治選手(現・福岡ソフトバンクホークス監督)に世界記録となる756号ホームランを打たれたピッチャーは、ヤクルトスワローズ(当時)の鈴木康二朗投手。これも有名だよね。
阪神タイガースが日本一に輝いた昭和60年、甲子園球場でランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布に伝説のバックスクリーン三連発を食らったピッチャーは、ジャイアンツ(当時)の槙原寛己投手。今さら言うまでもない。
では、その槙原寛己投手が平成6年に完全試合を達成したときの最後のバッターは誰でしょう?なんて質問には、余程のプロ野球マニアでもない限り、答えられる人はほとんどいないだろうね。(かく言うおれ自身も覚えていなかったので調べてみたところ、広島東洋カープの御船英之選手なんだそうで。いや、御船選手自体印象に残ってないよ。)
つくづく思うんだけど、ピッチャーって打者の引き立て役になってしまう損な役回りだよね。過去の名シーンなんかが放送されるたびに、打たれる姿が繰り返し放送されてしまうし、不名誉なかたちで後世まで名前が残ってしまう。それが宿命だと言ってしまえばそれまでなんだけど、
「お父さんはね、記念のホームランを打たれた有名なピッチャーなんだよ。」
なんて子供に自慢するわけにもいかないから、困ったモンだよね。
そんなわけで、記録のかかった選手と対戦するのは、ピッチャーにとっては相当イヤなものらしい。
なかには、たとえチームメイトであっても
「いっそのこと、早く打たれてくれないかな・・・。」
なんて不謹慎なことを思う選手もいるんだとか。(まぁ、気持ちは理解できなくもないけどね。)
阪神タイガースの金本知憲選手が、通算2000本安打まであとヒット1本と迫りながら、これで15打席連続ノーヒット。快挙達成は時間の問題といわれながら、思わぬ足踏みが続いている。
これね、金本選手にも相当プレッシャーかかってると思うけど、それ以上に、対戦するピッチャーの意地みたいなのを感じるんだよね。
「何が何でも、打たれてたまるか!」
みたいな。虎党としては、そんなに頑張らないで頂きたいんだけれどね。(笑)
とりあえず、2000本安打云々よりも、金本選手の打棒が止まってからタイガースの得点力が目に見えて落ちてるのが気がかりなんだよね。(続く今岡が当たってないだけに、なおさらね。)
なので、とにかく早くあと1本が出て、呪縛から解放されてほしいもんだと思う。
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- 2008/04/12(土) 01:00:35|
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今日から1泊2日で広島と福岡に出張。
夜は広島営業所の所長と飲みに行く約束をしていた、のだが。
広島営業所の社員さんの身内に不幸があったそうで、その社員さんの穴埋めで所長が急遽四国の松山へ出張に行くことになり、飲み会はお流れに。思いがけず予定がぽっかり空いてしまった。
んで、広島の夜をひとりでどう過ごすか考えたんだけど・・・。
「望実さん阪神ファンですよね?今日市民球場で阪神戦あるから行ってきたらどうですか?」
こりゃ、行くしかないでしょ。
ここ数日、仕事でもプライベートでもいろいろドタバタがあってずいぶん気が張ってたし、ストレスも溜まってるから、ここらでちょっと気分転換するのも悪くない。
宿泊先のホテルから広島市民球場までは徒歩15分圏内と、そんなに離れていないし、どうせホテルの部屋で野球中継見るんだったら、いっそのこと球場に足を運んでしまおうと考えたわけだ。部屋にひとりで閉じこもってると、気分が内へ内へと向かってどうしようもないからね。
というわけで、生まれて初めての広島市民球場。
甲子園球場と大阪ドーム以外の球場で野球を見るのは、ずいぶん久しぶり。関西圏以外の球場だと、10年以上前に行った横浜スタジアム以来かな。
ちなみに、甲子園で観戦するときは専ら外野席専門なのだが、今日は少し奮発して三塁側の内野指定席を確保。ちょうど三塁ベースコーチの真後ろぐらい。もしかしたら、野球中継でテレビに映ってたかもね(笑)。ちなみに、我らがタイガースの三塁コーチは、現役時代に芸術的な流し打ちを得意としていた和田豊コーチね。
あと、広島市民球場は狭いっていう印象があったけど、実際に足を踏み入れてみると、そうでもない感じがした。(・・・けど、後述の理由で、やっぱり狭いのかなぁと後から思ったんだけど。)
試合は阪神が下柳、広島が宮崎の先発で始まる。
1回表、昨年までカープに在籍していた新井貴浩に打席が廻る。ライトスタンドからは一斉に地響きのような大ブーイング。対するタイガースファンもブーイングを掻き消そうと懸命に声援を送り、スタンドは異様な雰囲気に包まれてた。
1回裏、下柳の立ち上がりを攻めてカープが1点先制。
それにしても、カープファンのスクワットは初めて見たけど、なかなか壮観だったね。
「おーがーた!おーがーた!おーがーた!おーがーた!おがたーー!おがたーー!」
って、ファンが交互に立ち上がったり座ったりして応援するスタイルね。
2回表、先頭打者の今岡を1塁に置いて、6番鳥谷がライトのポール際へ逆転2ランを放つ。
打球としてはそれほど伸びたようにも感じなかったし、甲子園だったらサク越えとまではいかなかったような当たりだったから、それを考えればやっぱり広島市民球場って狭いのかなぁ、とも思ったり。
3回表のタイガース新井の第2打席。相変わらず、カープファンのブーイングは凄まじい。
まぁでも、15年前にセ・パ交流戦があって甲子園でタイガースvsホークスの一戦が行われていたら、きっと松永浩美に対しても同じようにブーイングの嵐だったんだろうなぁ、などと陳腐なことを考えたりもする。ただね、カープファンの気持ちも分からんでもないけど、金本のときはここまでブーイング凄かったっけかな?
んで、その新井に対してカープバッテリーは執拗なまでに徹底したインコース攻め。挙げ句、最後は新井の背中にデッドボール。一斉に拍手とやんやの歓声を送るカープファンに、
「やり過ぎなんじゃぼけー!」
と悪態をつくタイガースファン。結局大事には至らなかったけれど、俄かにグラウンドも観客席も殺伐とした雰囲気に包まれた。そのとき不意に気づいたんだけど、関西から来てるファン、結構多かったね。三塁側では関西弁が当たり前に飛び交ってたよ。
あと、三塁側のサードコーチの真後ろの席ということで、ランナーを背負ったときの下柳投手のセットポジションがよく見えて、同じ左ピッチャーとして大いに勉強になったよ。とくに3回裏だったか、1塁走者の栗原を牽制でうまく誘い出したシーンなんか、巧いなぁと思ったよ。
それにしても下柳投手は老獪というか、ピッチングに味があるね。
立ち上がりが悪くても、投げながらきっちり調整してイニングを重ねるごとに調子を上げてくる。特にピンチの場面でクリーンアップを迎えると、必ず外角のボール球から入って、不用意に甘いコースに投げにいかない。さすがだと思ったし、おれも見習う余地が多々あると感じた。こういう辺りが大崩れしない強みなのかもね。
んで、試合は4-2とタイガースがリードしたまま最終回を迎える。ここで登板するのは、もちろん虎の守護神、藤川球児。
今までおれが見に行った試合は、大差で勝ってるか負け試合かのどちらかで、なかなか藤川投手の出番がなかった。だけど、ようやく生で藤川投手の快投を見ることができる。将来間違いなく伝説となるであろう火の玉ストレートを、ついに目の当たりにすることができる。リリーフカーに乗って登場する藤川投手の姿を見たとき、思わず涙腺が緩んだよ。
この日の藤川投手はMAX149km/hと、球速だけを見ると飛び抜けて速いわけでもなかった。
だけど、スピードガンの速度云々に関係なく、あの糸を引くようなストレートの伸びは素晴らしいのひと言に尽きる。
ついに伝説のストレートを目の当たりにすることができて、おれは全身が震えるような感動を味わっていた。決して大袈裟な話じゃなく、この時代に生まれて藤川投手のピッチングを生で見ることができる自分は幸せだと心から思えた。一球たりとも見逃すまいと、おれは身を乗り出して、藤川投手の一挙手一投足をしっかりと目に焼きつけた。
最後は藤川投手が危なげなく3人で切ってとり、ゲームセット。タイガースの勝ち試合に立ち会えたことも嬉しかったけれど、それ以上に藤川投手の快投を生で見れたことが最高に嬉しかった。
今度は甲子園で、LINDBERGの「every little thing every precious thing」の曲にのって登場する藤川投手を見てみたい。
藤川球児投手は、おれたちタイガースファンの誇りだと、改めて心から思えた試合だった。
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- 2008/04/03(木) 00:12:34|
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「あぁ阪神タイガース −負ける理由、勝つ理由」 著/野村克也 出版/角川書店
今さら言うまでもないけど、1999年から2001年まで阪神タイガースの監督を務めた野村克也氏(現・東北楽天ゴールデンイーグルス監督)の最新の著書。
本屋さんで目に留まり、さらっと立ち読みしたら面白かったので購入。通勤電車のなかで引き込まれるように読みふけり、あっという間に読み終えた。
阪神ファンの存在が選手を甘やかし、増長させてきた面も否定できないとか、関西のファンはせっかちで早急に結果を求めすぎたとかいった指摘は我々阪神ファンにとっては耳の痛い部分も多々あるのだけれど、書いてあることはすべて筋の通った正論で、なおかつ理路整然としていて分かりやすい。さすがは知将と呼ばれるノムさんだけのことはある。
阪神監督時代のノムさんが「チーム改革を成し遂げられず3年連続最下位に沈む要因を作った戦犯」なのか、それとも「後任の星野仙一監督のもとで18年ぶりのリーグ優勝を果たす下地を作った立役者」なのかは評価が分かれるところではあるんだけど、おれは後者だと思っている。
和田豊(現・阪神タイガース守備走塁コーチ)や桧山進次郎といったベテランを始め、選手たちに意識改革を施した。
井川慶(現・ニューヨークヤンキース)や濱中治(現・オリックスバファローズ)といった若手の素質を見抜いて抜擢し、先発ローテーションの柱やクリーンアップに据えた。
赤星憲広、藤本敦士、沖原佳典(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)ら派手さには欠けるが機動力や小技に秀でた選手を発掘し、起用した。
何より、かつては中日ドラゴンズの控え捕手でしかなかった矢野輝弘が、今や日本球界屈指の名捕手に成長したのも、ノムさんとの出会いが大きく作用したからだとおれは思っている。(ただし、野村氏は「矢野に対しては特別な指導は何もしておらず、彼が成長したのは彼自身の努力の賜物」と記してはいるが。)
いま列挙した選手のほとんど全員は、野村氏が辞任した2年後の2003年リーグ優勝時には主力として活躍していたし、何より「優勝の陰に名捕手あり」と言われるように、矢野捕手が野村野球の遺産をしっかり受け継いでくれたことが大きかった。
やはり、今の強い(=毎年のように優勝争いに加わり、Aクラスを確保できる)タイガースがあるのは、紛れもなく野村氏が残した功績に拠る部分も大きいとおれは思う。
じゃあ何で、ノムさんは阪神の監督で成功できなかったのかというと。
結局のところ、戦力補強が思うようにいかなかったことに尽きると思うんだよね。実際ノムさんはシーズンオフのドラフト会議で、スカウトから指名候補選手の一覧を見せてもらうことすらできなかったらしいし。
ちなみに、ノムさんが在任中に獲得したドラフト1位の選手は高知商出身の藤川球児と内野手の的場寛壱(九州共立大)、そして社会人出身のピッチャー藤田太陽。
藤川投手は今でこそJFKのひとりとして日本球界を代表する投手に成長しているけど、ブレイクするまでには実に7年を要しているし、絶対的にコマ不足だった当時の戦力でいえば、上原浩治(現・東京読売ジャイアンツ)や松坂大輔(現・ボストンレッドソックス)といったドラフトの目玉を差し置いて真っ先に獲得するほどの選手ではなかったハズだ。
翌年の的場選手はスカウト曰く「10年にひとりの逸材」との触れ込みだったらしいが、入団当初すでに膝を痛めていたらしく、毎年のように怪我をしてまったくと言っていいほど活躍できず、既に戦力外通告を受けて引退している。その翌年に獲得した藤田太陽も、まだ現役ではあるものの、ここまで1軍での実績はゼロに等しい。
ドラフト1位以外の選手を見渡しても、今でも活躍してるのは、1998年ドラフト3位の福原忍、2000年ドラフト3位の狩野恵輔にノムさん自身が獲得に乗り出した赤星憲広と藤本敦士ぐらいだもの。
聞くところによると、当時の阪神タイガースのスカウトには、ドラフトで指名した選手が拒否せずに入団してくれたら臨時ボーナスとして200万円が支給されていたとのこと。(1995年途中から1996年まで監督を務めた藤田平氏談。)
なので、スカウトたちは目先の金欲しさに、他球団と競合して獲得に失敗しそうな有力選手は避け、余所が食指を動かさないような安全パイの選手、つまり、他球団だったら到底ドラフト上位では指名しないような選手ばかりを獲得しようとしていたらしいんだよね。おまけに監督に介入されないよう、情報を直前まで出さない。いくらノムさんでも、そんな状況下でチーム作りなんて上手くいくわけがない。
こんな馬鹿げたルールは、星野仙一氏が監督に就任してから撤廃されたそうで、同時に星野氏はかなりの数のスカウトを解雇したり配置転換したりしたそうだ。おかげで今は、阪神も他球団と競合してでも有力選手を獲りにいくようになったし、積極的に補強をするようになった。近年阪神がAクラスを確保できているのは、このあたりの改革が功を奏したお陰なんじゃないかと思う。
星野監督が有能な監督だったから、阪神は優勝できた。もちろん、それは真実なんだろう。
だけど同時に、決して野村監督が無能だったから優勝できなかったわけではないと思う。
もし監督が野村→星野の順ではなく星野→野村の順だったら、それでも星野監督は胴上げされたのだろうか?だったら或いは、野村監督の胴上げを見ることができたんじゃないのか?両者に差があったとしたら、それは幸運と不運の差だったんじゃないか?ふと、そんなことを思った次第。
パ・リーグの他の5球団と比べて圧倒的に戦力の劣る東北楽天ゴールデンイーグルスを就任2年目で最下位から脱出させ(4位)、着実にAクラスも狙えるチームに成長させている知将から、まだまだ目が離せない。
テーマ:阪神タイガース - ジャンル:スポーツ
- 2008/03/07(金) 00:02:21|
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北海道日本ハムvs阪神の練習試合がテレビ中継されていたので、最初から最後までずっと見ていた。
試合の方は5-8で負けたんだけど、この時期の練習試合に勝敗は重要ではないので置いといて。
とりあえず、キャンプ前半の総括を兼ねて、我らがタイガースについて気づいた点をいくつか。
個人的に、いちばん目についたのは2番ショートでスタメン出場の坂克彦。守備での動きの良さが目についただけでなく、課題のバッティングでも第2打席で放ったライトオーバーのホームランに成長の跡が見て取れた。
この選手、本職はショートだけど内野はどこでもこなせるだけに、今季はスーパーサブにとどまらず、セカンドの藤本、関本あたりを脅かす存在になって欲しいし、その可能性はじゅうぶん有り得る。
あと、スタメン4番ライトに入った浅井、5番センター葛城、7番レフト庄田の3人がバッティングで結果を残したのも嬉しかった。
虎の外野陣は今季じつは層がずいぶん薄くなってるんだよね。林威助が前半戦絶望、桜井広大も怪我で二軍調整中。赤星は首に不安を抱えていて、濱中、赤松は退団。現状では金本以外のふたりは固定しきれていないだけに、外野手の明るい話題は有り難いよ。
レギュラークラスでは、藤本と鳥谷のふたりが大いに不満。
藤本は相変わらず振りが大き過ぎで、自分の役割というか、目指すべき打者像を理解できていないし、状況に応じたバッティングもできていない。年々出場機会が減っていて昨オフにはトレードの話題も出るなど、この選手は尻に火がついているハズなのだが・・・その辺りの危機感があまり感じられなかったのは大いに失望だった。
そして、何だかんだで5年目を迎える鳥谷。初球から打ちにいく積極性は買うけど淡泊すぎる打撃は相変わらず。調整途上とはいえ、二線級クラスの投手相手に外野にすら飛ばせない打撃内容はお寒い限り。開幕まであと1ヶ月半、みっちり鍛えてほしい。
投手陣は、先発の岩田は2イニングを走者なしでキッチリ抑えたけど、内容的には少々不満。制球は今ひとつだし、何よりカウントを悪くすると甘いコースに置きに行く悪い癖を直さないと1軍では通用しない。っていうか、素質を持ちながら詰めの甘さと制球難で大成しない左腕って、どうもマイク仲田、遠山、猪俣のノーコン左腕トリオを思い浮かべてしまうのは暗黒時代を長く経験したトラウマなのか。
あと、ファイターズで目についたのは俊足の工藤隆人と台湾出身の陽仲壽(ヤン・チョンソ)。このふたりは今季ブレイクしそうな予感。
そして、何より話題の黄金ルーキー中田翔。6番指名打者で出場し、第2打席で阪神の3番手筒井からレフト場外へと消える特大ホームランを放ってその片鱗を見せつけたが、やはり遠くへ飛ばす力というのは天性のモノを持っている。それに、スイングスピードの速さも出色。打席に立ったときの雰囲気も、既に大物の風格を漂わせていて、とても高校を卒業したばかりの18歳だとは思えない。
ただ、初球の甘いストレートをあっさり見逃したり変化球に泳がされたりとまだまだ粗さが目立つのも事実で、このあたりが今後の課題になるだろうね。
まぁでも、清原、松井秀喜以来久々に登場した高卒の超大物ルーキー野手で、そのデビューとしてはじゅうぶんインパクトのある内容だったんじゃないかな?
今年のプロ野球も、面白くなりそうだ。
- 2008/02/10(日) 22:18:52|
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記録よりも記憶に残った元虎の人気者、加藤博一さんが死去
俊足巧打でプロ野球の阪神、大洋(現横浜)などで活躍した加藤博一(かとう・ひろかず)氏=フジテレビ野球解説者=が21日午後零時54分、肺がんのため、神奈川・横須賀市内の病院で死去した。56歳だった。2年前から入退院を繰り返し闘病生活を続けていた。阪神OBらは故人の突然の死を悼んだ。
阪神で一時代を築いたスター選手の壮絶な最期だった。新人の80年から3年間、一緒にタテジマを着た岡田監督は神戸市内で訃報を聞いた。「去年、横浜スタジアムの試合で打撃ケージの裏に来てくれた。実はカツラをしている…という話をしていた。抗がん剤で…。56歳か、早いな…」と絶句した。
加藤氏は2年前に患った肺がんと懸命に闘ったがこの日朝、神奈川・逗子市内の自宅で呼吸が停止。横須賀市内の病院に搬送されたが昼過ぎに帰らぬ人となった。
関係者によると、加藤氏は肺がんを告知されたうえで抗がん剤治療を続け、昨年2月に左肺を摘出した。その後、一時は仕事に復帰したが、6月に名古屋でゴルフ中に足に痛みを訴え、診察したところ足にもガン転移が認められた。
夏には全身に激痛を訴えて再入院。オフの阪神OB会ゴルフでは毎回パーティーで司会役を務めていたが、11月の同コンペには姿を見せることができなかった。最近は主に自宅で静養し、治療に専念していたが体重が激減していたという。
大洋に移籍した3年目の85年、近藤貞雄監督のもと高木豊、屋鋪要と3人で「スーパーカートリオ」を結成。加藤氏はこの年、自身最多の48盗塁を記録した。しかし、虎ファンにはタテジマでの思い出も忘れることはない。
西鉄から76年に阪神に移籍。79年7月28日の巨人戦では、阪神と因縁のある江川卓の甲子園初登板で右翼にプロ初アーチを放った。「江川に強い男」として翌年を含め計3本塁打をマーク。在籍7年間で一番輝いていたのは80年で、打率.314はベストテン5位、広島・高橋慶彦と盗塁王を争い、34盗塁ながら4差で涙をのんだ。
その個性的なキャラクターも愛された。オフの納会でピンクレディー、ファン感謝デーではイモ欽トリオのモノマネで人気を不動にした。85年の阪神の21年ぶりのリーグ優勝が近づくころ、虎党から「早よう帰ってこい!今なら胴上げに間に合うで!!」と声援を受けたこともあった。現役中も阪神OBだった。
「昨年暮れに東京の病院に見舞いにいった。心配していた。OB会の世話役をやってくれて。あまりに早すぎる…」。阪神OB会長の安藤統男氏も言葉を失った。同OBの江本孟紀らが故人の早すぎる死を惜しんだ。以上、抜粋終了。
まだ56歳で・・・早すぎるよ博一兄さん。ウワアァァァン!(号泣)
神ってやつは何故かくも無慈悲なのか・・・。
加藤氏の現役時代を知ってる方って、概ね30代以上のプロ野球ファンだよね。若い方にとってはたぶん、加藤博一氏ってフジテレビのスポーツニュースにときどき出演してた面白いオッサン、っていう印象しかないかもしれない。
加藤博一氏といえば、大洋ホエールズ時代のスーパーカートリオを思い浮かべる方が多いだろうね。1番高木豊、2番加藤博一、3番屋鋪要と俊足の3人が上位打線を占め、ダイヤモンドを所狭しと走り回っていた。(しかしまぁ、思えばスーパーカートリオ結成ももう20年以上前の話なんだな。時代の流れの速さを思い知るよ。)
そういえば思い出したけど、大洋時代は応援のテーマソングが蒲田行進曲の替え歌だったよな。
かっとばせ加藤 かっとばせ加藤 かっとーばーせ加藤♪
とはいえ、やっぱり虎党にとっては「タテジマの加藤博一」なんだよね。上記に引用したサンスポの記事にもあるとおり、タイガースファンにとって宿敵である憎き江川卓(元巨人)からよく良い当たりを打って溜飲を下げてくれたことを覚えている。
だけどそれ以上に、おれのなかでは代走に起用されては牽制球に引っ掛かり、慌ててヘッドスライディングでベースに戻るもあえなくタッチアウトになってベンチに戻る加藤の汚れたユニフォームと背番号32番の後ろ姿が強く印象に残っているんだよね。
たしか江本孟紀氏(元阪神・野球解説者)の著書だったと思うけど、本で読んだところによると、阪神で1軍デビューしたばかりの頃の加藤博一氏は、代走で起用されてベンチを出る前に
「あのピッチャーは牽制が上手いから気をつけろ。」
「分かったな、気をつけろ。」
って何度も自分に言い聞かせて1塁ベースに立っていたんだそうだ。なのに毎回牽制に引っ掛かってアウトになって帰ってくる。
あまりに同じことを繰り返すので、江本氏が逆療法を思いついて
「今日は一発でアウトになって帰ってこい!」
って加藤氏に言ったら本当に一発でアウトになって帰ってきたそうだ。もっとも、そんな風にちょっと鈍くさいけど、どこか憎めないキャラが「浪速の春団治」こと川藤幸三と共に阪神ファンに愛されたんだと思う。
現役時代から親交のあった島田紳助との、シーズンオフのテレビ番組での漫才のような掛け合いも面白かった。うろ覚えだけど
紳助「(番組冒頭の出演者の紹介で)元・大洋ホエールズの加藤博一さんでーす!」
加藤「ちょっとちょっと、まだ現役!」
紳助「ああ、そうやったっけ?最近試合出てへんから辞めたんかと思った。」
紳助「清原(=清原和博・現オリックス。当時は西武ライオンズの黄金ルーキー。)1年目からいきなりホームラン30本打ちよったで。ところでキミ、プロ通算でホームラン何本?」
加藤「20本。」
紳助「キミ試合は?こんなトコで喋っててエエの?」
加藤「大丈夫。レギュラー奪われて8時半まで出番ないから。」
なんて、ちょっと自虐的なやりとりで笑わせてくれた。
人柄の良さがにじみ出ていた人なつっこいあの笑顔を、もうテレビでは見ることができない。
本当に、早すぎる死が残念でならない。
あらためて、加藤博一氏のご冥福を心よりお祈り致します。合掌。
テーマ:死亡記事 - ジャンル:ニュース
- 2008/01/23(水) 00:53:20|
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虎痛い!赤松獲られた、人的補償で広島へ
痛たた・・・。阪神が俊足選手を奪われた。新井貴浩内野手(30)のFA移籍に伴う人的補償で広島は7日、阪神赤松真人外野手(25)の獲得を選択。阪神側から通告を受けた赤松が移籍を了承し、両球団から発表された。阪神のFA補強は新井が6人目だが人的補償に応じたのは今回が初めて。若手の台頭などで選手層が広がった結果、苦渋の選択で28人のプロテクト枠から漏れた赤松を失う結果となった。
避けては通れない痛手だ。この日午後、広島球団から人的補償の選手が決定した連絡が阪神沼沢正二球団本部長(49)に入った。通告を受けた赤松本人が了承し、球団史上初となる同制度による流出が確定した。大砲新井の獲得は、次代の外野の一角を有力視されていた俊足プレーヤーを失う痛みを伴っていた。
「こればかりはしかたないが、痛いのひと言だ。ウチとしては走塁面でとられたくはない選手だった。悔やんでもしかたないが、他の選手に走塁も頑張ってもらわないといけない」。沼沢球団本部長はそう話し、具体的な対策を取る必要性を話した。
赤松流出は今年の戦いぶりに影響を免れない。昨季も代走など少ない機会で8盗塁を成功させた。レギュラーでは赤星以外に盗塁を期待できる選手は少なく、機動力アップが課題のチームにあって、赤松は貴重な「走り屋」だった。
外野の守備力でもダメージは大きい。左翼金本はベテラン、中堅赤星は首痛など体調不良を抱える。右翼は打力を優先して、守備力で劣る林、桜井を先発起用していた。少ないリードをJFKリレーで逃げ切る勝ちパターンからも、外野の守備固めはベンチに欠かせないパーツだった。このオフは中村豊がコーチに転身したこともあり、今季の守備固め要員は一気に手薄となった。
今回の流出は阪神の選手層が厚くなった代償ともいえる。5年前にも同じ広島から金本がFA移籍したが、当時の補償は金銭のみだった。金本だけでなく過去5人のFA獲得では相手球団から人的補償を求められることはなかった。金本以後、優勝2回で常に上位を争うチームになった結果が他球団から見て、欲しい選手のいる現状となった。
沼沢球団本部長は「プロテクトの28人は少なすぎた」と振り返る。これまでに岡田監督も覚悟を固めていた。「28人ではカバーしきれない。どの球団でもそうと違うか。広島はたぶん人(的補償)やろうな」と話していた。プロテクト名簿の人選では球団と入念に協議を重ねていたが、若手では投手を重視した結果、伸び盛りの赤松を枠から外さざるを得なかった。以上、コピペ終了。
それから、以下少し補足。
日本プロ野球では選手がFA権を行使して移籍した場合、移籍選手がそれまで所属していた球団は、移籍先の球団に対し、
1.FA移籍選手の旧年俸の1.2倍に相当する金銭補償を受ける。
2.FA移籍選手の旧年俸の0.8倍に相当する金銭補償を受け、さらに移籍先球団の所属選手から1名を獲得できる。(いわゆる人的補償。ただし、移籍先球団がプロテクトした選手28名と外国人選手は獲得できない。)
以上どちらかの補償を受けることができる。これFA制度の豆知識ね。
んで、今回はFAで広島から阪神に移籍した新井貴浩選手の補償として、阪神側のプロテクトから漏れた赤松真人選手を広島が獲得したというわけ。(過去にはFAで巨人に移籍した豊田清投手の人的補償として江藤智選手が西武に移籍したり、同じくFAで巨人に移籍したアゴ・・・じゃなかった門倉健投手の人的補償で工藤公康投手が横浜に移籍したりしている。)
っていうかね、赤松選手がプロテクトされてなかったのがおれとしては驚きなんだけど、コレは正直かなり痛いよ。
まぁでも決まってしまったものは仕方ない。赤松選手の今後の活躍を期待している。
ちなみに赤松選手、歌手の倖田來未と中学時代の同級生なんだとか。これ余談。
あと、赤松選手は何年か前にファームで首位打者と盗塁王の二冠に輝いているのだが、同じく昨年カープに移籍した喜田剛選手は阪神時代にファームで本塁打王と打点王の二冠に輝いていて、奇しくもカープにはウエスタンの打撃四冠の選手が揃うことになるんだな。
打撃は正直まだ非力なところがある赤松選手だけど、俊足という非常に魅力的な武器を持ってることだし、カープではじゅうぶんレギュラー争いに加われるだけの地力はあると思う。昨年移籍した喜田剛選手ともども、新天地で頑張って頂きたいと思う。
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- 2008/01/08(火) 12:50:24|
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訃報です。こちらの記事↓参照。
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島野育夫阪神特命コーチが死去
阪神、中日で星野仙一監督(60)の参謀役を務めた島野育夫(しまの・いくお)氏が15日午後9時5分、胃がんのため西宮市内の病院で死去した。63歳だった。栃木県出身。葬儀等は未定。コーチ、2軍監督などを歴任し、今季は1、2軍を巡回する総合特命コーチとして阪神に在籍していたが、体調の悪化から入退院を繰り返していた。今季限りでユニホームを脱ぎ、アドバイザーとしてフロント入りする予定だった。
球界の名参謀が帰らぬ人となった。阪神、中日で星野仙一監督を支えるコーチ職を務めてリーグ制覇に貢献した島野氏が、胃がんのため死去した。06年には阪神2軍監督に就任したが、4月から長期入院を余儀なくされた。胃の摘出手術などを経て、今季は総合特命コーチに就任。病と闘いながら、1軍ベンチやクラブハウスを訪れてナインを激励することもあったが、再びユニホームを着ることはかなわなかった。
作新学院、明電舎を経て63年に中日に入団。68年に南海に移籍すると73年には61盗塁をマークするなど俊足の外野手として強豪チームのレギュラーを張った。阪神に移籍後の80年に現役を引退。その後は阪神と中日で1軍ヘッドコーチや2軍監督などの要職を務めた。卓越した野球理論と人心掌握術でチーム強化に携わった。
特に北京五輪出場を決めた日本代表の星野監督との絆(きずな)の深さで知られる。星野中日監督時代をコーチとして支えた。さらに01年オフに星野監督が中日を退団、阪神の指揮を執ると、中日2軍監督だった島野氏は阪神に移った。星野=島野体制の2年目、03年にコーチとしてセ・リーグ制覇に貢献した。体調の悪化から今季限りで阪神のユニホームを脱ぎ、来季からはアドバイザーとしての活躍が期待されていた。以上、コピペ終了。
ここで詳しいことは書けないけど、島野育夫氏の息子さんで競輪選手の敦識(あつし)氏とは、小学生の頃に同じ少年野球チームでプレーしていたんだよね。ピッチャーだったおれは、センターを守る彼の父親譲りの好守と強肩に何度も救われた覚えがある。これ、余談。
島野氏は星野仙一氏と共に中日と阪神でリーグ優勝を果たすなど、常に一歩引いた立ち位置から監督を補佐していた印象が強い。名将の陰に名参謀あり、まさに、その言葉を具現していた方だったように思う。
また、選手にとっては厳しくも温かい鬼軍曹として、恐れられると同時に親しまれてもいたようだ。きっと親分肌の面倒見の良い方だったのだろう。
改めて、心よりご冥福をお祈り致します。合掌。
テーマ:阪神タイガース - ジャンル:スポーツ
- 2007/12/18(火) 08:21:37|
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